第1章で「空き家が増えている」現状を紹介しましたが、私どもは以前、相続されずにそのまま放置されていたという典型的な事例を取り扱ったことがあります。
東京大田区の一等地に「お屋敷」とも呼べるほど大きな空き家があり、近所の方に尋ねてみると20年近く前に、1人の女医さんが住んでいたのですが、その方が亡くなった後は、そのまま放置されているとのことでした。
そこで、詳しく調べてみると、その方は結婚しておらず、子どもいませんでした。ただし、戸籍から兄弟がいることがわかり、「相続人はいるはずだ」と考え追跡調査をしてみたところ、相続人はたった一人、故人の甥が存命で、遠く離れた沖縄県に在住であることが判明しました。
早速、連絡してみたところ、故人の存在自体はご存じでしたが、当時は交流が全く無かったとのことで、叔母がどこに住んでいたのかも知らず、当然、亡くなったこともご存じありませんでした。
正式に委任を請け、状況をさらに詳しく調べてみると、驚くようなことを発見しました。
本人が亡くなったときの様子はわかりませんでしたが、死亡届は行政の責任で提出されており、相続人が見つからないということで、家は放置されていたようなのです。
また、おもしろいことに、固定資産税は、銀行引き落としになっていたのですが、それなりの額が残されていたため、残高不足になることもなく、自動的に納付されていました。つまり、税金の滞納もなかったわけです。
これは、役所と税務署が、情報交換をする仕組みがないことが一因ですが、仮に税金を滞納していたとしても、家や土地の資産価値に比べれば微々たるものですから、税務署が差し押さえるようなことはありません。このケースは、手続き上の不備はなかったために、そのままになっていたのです。
また、故人が借金をしていた場合、貸した側(債権者)が申し立てれば、資産を処理し、返済に充てることもあります。しかし、この女医さんは借金も無かったようで、債権者が動くような事態が起こらなかったことも、結果的に家が放置されてしまった要因の1つになりました。
このように、相続人を含めた近親者との付き合いを持たなかったり、死亡当時(現在でも)の「社会システムの隙間」が空き家を作り出すことが多々あります。これは何も珍しいことではなく、今後ますます増えていくと予想されますので、一度、自分自身の周囲を見回しておくことが重要です。
さて、依頼人に、状況を報告し、相続の手続きについてお知らせしたところ、予想されたことではありますが、ご本人は信じられない様子で、「本当に自分が相続するべきものなのか」、「法律上の問題はないのか」、「後からたくさん税金を納める必要があるのではないか」などの質問を受けました。
ほとんどの依頼人が同様の反応をされますので、「正当な相続である」ことをご説明し、理解していただいた上で、各種手続きを実行しました。
東京都・大田区
被相続人:叔母
相続人:甥(1人)
総額:約1億5000万円